早瀬文雄氏の過去・現在・未来
ビル・エバンス「You Must Believe in Spring」、キース・ジャレット「ケルンコンサート」
いずれも震いつきたくなるような美音だ。プリズムの分光で見られるような純度の高い原色が彼らの右手のパッセージに宿っている。そして鮮やかではあるがやや距離感を伴う節度をもった音場が、タワーマンション40階の眺望と見事に溶け合っていた。
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早瀬文雄の存在は、ListenViewというオーディオ雑誌で知った。もう20年も以前のことだ。センシティブな文体と自身の来歴を重ねるような音の語り口に、故瀬川冬樹氏のオーディオ評論に繋がるものを感じて大いに興味をひかれた。ぼくはあるときAE-1というスピーカーを使っていたのだが、これははっきり言って早瀬氏の文章のなせる技だ(笑) 結局のところ上手く使いこなせなかったというか、再生音響において求めるものの相違というか、そのスピーカーは3年くらいで手放してしまうが、曖昧なもの、付帯的な雑味を徹底的に排除した純度感に、ある種の畏敬の念を持ったのは事実だ。
今回、氏が京都へ転居するにあたって、この場所の最後の響宴ということでお招きいただいた。ジャーマンフィジックスのベンディングウエイブDDDを中心に据えたオリジナル3ウエイスピーカーは、意図したものかすべてドイツ製ユニットで、これをアキュフェーズの6CHパワーアンプでスマートにマルチドライブさせている。とはいえ、DDDの内部イコライジングをパスして、デジタルディバイダーとパラメトリックEQで対策するあたりの力技は余人には困難な領域だ。
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最初の一音が鳴ったとき、あっ!これはAE-1
だと思った。もちろんスケールはそれをはるかに凌駕している。その純度において、である。F特的なスペクトラムバランスは低域の量感をやや削ぎながらも、中域以降の欠落感をまったく見せないチューニングだ。やや色彩感を抑えたストイックな音づくりという事前の想像は裏切られた。しかるべき色を十全に備えながら必要に応じて顕わにする敏捷性が凄い。シンフォニーでは主題はもとより背景にあたるパートの動きと色の移ろいに耳を奪われた。女性ヴォーカルに至っては禁欲的どころか、エピキュリアニズム的側面を垣間見せていた。
低域は、これはAE-1にも共通するのだが、不得意なのではなく彼自身がこの領域にとりわけ厳しいのだと気がついた。制御でき兼ねる領域を徹底的に沈めていく作法なのかもしれない。たぶん、ここは現在進行形の部分ではないだろうか。
トータルで3時間くらい聴き続けそのあとの3時間は聴きながら喋った。氏の履歴は自身のHPで詳細かつ赤裸々に語られているから、ほとんど話題にしたことのない自分のオーディオ履歴を披露した。
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オーディオはいつだって現在進行形だと思っている。過去の集積の断面が"いま"という瞬間であって、そのいまも、過去とともに束ねられて未来へ繋がっている。そういう意味でこのオリジナル3ウエイスピーカーがこの先どのような進化の道を歩むのかとても興味がある。出来うることなら、ハイエンドチックな既製品に転ばないで、茨の道をゆっくり歩んでいただきたいと願っている。それだけのポテンシャルを持っているということを、今日はしっかりと確認させていただいた。(2007年3月記)