昔の名人の本当の音を探りたい。

●長唄の品格、洒脱、洗練 吉住小三郎

吉住小三郎は長唄を歌舞伎から切り離し、独立した鑑賞曲として世に示した最初のアーティストといえます。 小三郎と杵屋六四郎(浄観)の名コンビの演奏は、すべてSP時代のもので、聴こうとすれば、オリジナルのSP盤を富士レコード社あたりで運良く手に入れるか、あるいは復刻されたLP盤を、これも運良く手に入れるしかありません。あるいは公共の図書館で試聴する手段もなきにしもあらずですが、これも可能なケースは少ないでしょう。
CD時代が既に15年以上続いているというのに、何ということでしょう。民間のレコード会社は需要が見込めなければ手を出さないわけで、文化庁、あるいは日本放送協会が真剣に取り組む問題ではないでしょうか。なぜかと言えば、これらは三味線音楽を少しでも深く味わうための絶対的な規範であり、興味を抱く人すべてがその演奏を聴く権利があると思うからです。そこには品格、洒脱、洗練といった形容が相応しい長唄の神髄が展開されているのですから。
小三郎はその後も、そして慈恭と改名した後もレコーディングを続けましたので、ステレオLP盤でリアルな音声を鑑賞できます。最晩年には私家版LP集も出していて、私は先にあげた富士レコード社で1枚だけ「一人椀久」を手に入れる幸運に恵まれました。それはそれは滋味あふれる名演ではありますが、これは言ってみれば「長唄」を突き抜けた彼自身の世界観の表出というか、限りなく「個人」を感じさせる演奏。

前置きが長くなりましたが、「昔の名人の本当の音を探る」という原題、これはもう想像力に頼るほかありません。声はともかく三味線の音の再現というものは、高域のニュアンスが出ないとリアルに感じられません。繰り返しになりますがSP盤からの復刻LPでは無理なのです。
「想像力」を漠然としたものにしない方策があります。というのは小三郎、六四郎コンビの演奏では三味線のワキを稀音家六治が務めています。六治は若き日の山田抄太郎でありまして、その後20年以上経てから日本コロムビアに七世芳村伊十郎と組んだ演奏を数多く残しています。こちらはステレオのいわゆるハイ・ファイ録音が多いので、この音色を頭にたたき込んで復刻LPを聴くのです。
タテとワキの相違、年齢の相違、調子(キー)の相違などを頭のなかで演算し、二人の関係を計ることで復刻版の六四郎の本当の音色を浮かび上がらせようという奇策ではありますが・・・。

●大薩摩の神髄、 六世芳村伊十郎

「声」の録音というもの、どうしたわけか録音再生のテクノロジーの進歩があまり貢献していないと考えるのは偏見でしょうか?近年のデジタル録音に至っても、総合的な表現力で昔のSP盤にさえ劣っているのは、はなはだ残念なことです。
このあたりを考察した「デジタル記録と時間軸の連続性を考える」を別項にアップしていますので、ご興味がお有りでしたらご覧くださいませ。技術が劣っているのではなく、要は使いこなしというか、なにを採りたいのかというポリシーの問題に帰するような気がしますが・・・。

六世芳村伊十郎は大正期から昭和初期にかけて劇場(歌舞伎)長唄に君臨した巨星です。昭和40年代に日本ビクターから復刻盤LPが3枚発売されました。昭和3〜4年録音で、以下のような曲目です。

・勧進帳 ・綱館 ・楠公 ・筑摩川 ・鶴亀 (もう一曲、曲名失念・・・)

このようにかなり武張った硬派?の題目が並んでいるところがこの人らしいのでしょうか。豪放磊落にして人情細やか、硬軟併せ持つ器の大きさ。なのに不思議とおおらかな雰囲気を持っていて、こういう唄い手はその後現れていません。相当な声量であったらしくマイクロフォンがかなり離れて置いてあるのが分かります。立て三味線は杵屋栄蔵で、残念ながら三味線の音色がどうのという録音レベルではありません。時代を考えれば当然ですが、それにしても伊十郎の声は非常に良く入っています。70年前とは思えないリアルな声に驚嘆します。
特筆したいのは、「大薩摩」と呼ばれる演奏形式における両者の見事なパフォーマンス。
最新情報!上記「勧進帳」のオリジナルSP盤を入手いたしました(2002.03)。近日レポートをアップしたいと考えています。簡易システムで聴いた印象ですが躍動感を伴った、かなりリアルな再生音です。

●近代義太夫の到達点、豊竹山城少掾

山城少掾は実は浅草の生まれなんですね。人形浄瑠璃の櫓下(最高位)が東京の人というのも、義太夫の世界の懐の広さを感じて嬉しくなります。
山城少掾の語るドラマには論理的に一貫した(冷静な)視線を感じます。だから「合邦」のような破天荒、荒唐無稽なストーリーがファンタジーにならない。宿命のなかの人間の悲しさを見事に伝えます。義太夫では、登場人物のせりふに相当する「ことば」と背景世界を描写する「地」の使い分けが表現の要ですが、山城の「地」には絶対神のような不動のものを感じます。
三味線は四世鶴澤清六、この人は有吉佐和子の「一の糸」のモデルとして有名ですが、段切れの高揚感、スピード感は絶品です。
復刻LP盤はおそらく寄せ集めた市販SP盤が元のようで、2時間弱の長丁場は盤質コンディションに相当のばらつきがあります。昭和5年録音。
しかしながらこの演奏を音が悪いといって聴かないのはもったいない。実はこの貴重な音源を出来うる限り良い音で聴きたいというのが、私のオーディオ装置の製作ポリシーなのです。オーディオシステムの紹介はこちらをご覧ください。

CONTENTS

はじめに
 三味線音楽にはまった頃・・・
三味線の不思議「さわり」を考察する。
 和声ではなく音色の複雑化を求めた
昔の名人の本当の音を探りたい。
 長唄の品格、洒脱、洗練 吉住小三郎
 大薩摩の神髄 六世芳村伊十郎
 近代義太夫の到達点 豊竹山城少掾
レコードで聴く七世芳村伊十郎の世界
 伊四郎時代
 伊十郎モノラル時代
 伊十郎ステレオ時代
記憶に残る太棹の音色

 竹澤弥七の透明感
 鶴澤寛治の息の詰め
 野沢喜左衛門の色彩感
 鶴澤清介の颯爽
CrossTalk 波多野唯仁+町田秀夫 公開中!
 長唄好きの2人が夜を徹して語り尽くす

以下、構想中です。
●邦楽の発声法って本当にあるのか?
●勧進帳の不思議(楽曲の構造から)
●NHKの邦楽録音を考える。
●半田健一氏の邦楽録音
●伝統とは未来へ連なる「系」ではないのか?
 etc...


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