●記憶に残る太棹の音色 竹澤弥七の透明感 高校の文楽鑑賞教室(1967) 当ページの前書きで、「この3年ほど前、 生で聴いた義太夫に感銘を受けていたとはいえ、・・・」という件があるのですが、これは高校の文楽鑑賞教室でのことなのです。(もちろん私は生徒のほうです)これは強烈な体験で、当時、ニューロックなどと呼ばれていたクリームのE・クラプトンや、ジミ・ヘンドリックス、サイケデリックのジェファーソン・エアプレーンなどに夢中になっていたのでしたが、初めて生で聴いた太棹の繰り出すサウンドは、それらと同列のパワーを持っていました。 見慣れない演奏者名を必死で覚えました。太夫、竹本文字太夫、三味線、竹澤弥七とあります。演目は「壷坂霊験記」。文字太夫は今の住太夫の前名で、いまや義太夫の最高位。弥七は、格別の透明感と情のある音色で戦後屈指の名手といわれた人。高校生が初めて聴く、これほどの名人に触れ会える幸運がほかにあるでしょうか。ジャンルの壁を突き破る力というのが本当にあるのですね。それまでは三味線音楽といえば狭い空間で繰り広げる退屈な、それにしては甲高い音といった印象しかありませんでしたが、この時の感動を一言で言い表せば「コントラストのあるスピード感」なんです。高校生らしいですね(笑)。 思えば義太夫というもの、対比を駆使した芸能です。オクリの後の淀んだ低い声、ぎりぎりまで溜める間合い、修羅場(こういう言い方はしないか?)の恐ろしいまでのテンション、そして段切れの疾走感といったように、観客側の許容量を計ったような巧妙にして緻密な演出が、あの深く広大な世界を表現しているのです。 その後、竹澤弥七の演奏は病気療養後の舞台を国立で何度か聴きましたが、やはりこの人の透明感は際だっていました。分析する訳ではありませんが「サワリ」の抑制させた響かせ方、ツボ(音程)の正確さ等に秘密がありそうです。 近年、サワリが耳障りな演奏が多いと思うのですが如何でしょう。東ザワリとかいう調整式のサワリ発生装置にも原因がありそうです。別ページで「サワリ」の原理を簡単に述べているのですが、サワリを発生させる共振周波数はある程度ブロード(幅がある)なので、勘どころが若干ずれても、調整でサワリが付いてしまう、あるいは付き過ぎるという問題ではないでしょうか。 鶴澤寛治の息の詰め 逆櫓の段 国立小劇場(1972) 傾城反魂香 朝日座(1973) 生で聴く寛治の太棹は想像以上に深く低い(音程ではなく)音に感じます。他の奏者の三味線とサイズが違うのではないかと思うほどで、見た目も胴体がやや大きく感じられたのは錯覚でしょうか。 オーディオ的に分析すれば基音付近のスペクトラムが豊富で、低次倍音の展開が独特なのでしょう。ジャズベーシストに例えると「レイ・ブラウン」でしょうか。 この時すでに80歳代中頃でしたが、撥(ばち)のストロークの強靭なことは尋常でなく、これは筋肉的なもの以上に息の詰めと放出の見事なコントロールではないかと考えます。しかし「重い」音では決してありません。この「逆櫓」では有名な「やっしっし」の掛け声の前後に「櫓」を操作する擬音的、装飾的な独特の手がありますが、寛治のそれは実に軽く俊敏でありました。とにかくこの至芸を目前で体験できたことは本当に幸運でした。 CBSソニーが文楽協会と共同企画で製作したLPレコードに、津太夫、寛治コンビの「逆櫓」と「沼津」がありますが、録音も非常に良くCDで再発を望みたいところです。また、NHKにはこのコンビに限りませんが名演テープが数多く存在する筈で、これも公開を期待したいものです。 野沢喜左衛門の色彩感 封印切り 国立小劇場(1974) 喜左衛門の独特の色彩感は、どこから来るのでしょうか。どの三味線弾きにも固有の色がありますが、師の場合、音色表現のダイナミックレンジが広いというか、ドラマに相応しい的確な色彩を紬だしているように感じます。個人的には世話物における演奏がより師の特質を活かしていると思いますが。 1970年代に開催された義太夫講座(岩波ホール)ではコンビの越路太夫と共に講師として毎回、興味深いお話しをを聴かせていただきました。聞き手はあの武智鉄二氏です。喜左衛門が本来は左利きであること、三味線は左手のコントロールが「音色」と「風」を決めることなど話されていて、なるほどと納得したわけですが、特に「西風」の具体的な音程を実演なさったのには驚きました。 ところでこの「封印切り」、禿(かむろ)の弾く浄瑠璃のシーンがありますが、この二重構造を喜左衛門は、音程と音色そしてタイミングを使い分けることで見事に演じています。 この演奏も前段と同じくCBSソニーからLPレコードで発売されていました。 鶴澤清介の颯爽 艶姿女舞衣 府中ふるさとホール(1996) 久しぶりに地元のホールで見た文楽公演で、思いも寄らぬ名演を拝聴しました。 恥ずかしながら「鶴澤清介」という名前をそれまで知りませんでしたが、実にバランスのとれた太棹で、間合い、ツボ(音程)、音色など技術的な面に問題ないばかりか、なにより嬉しいのは音に気持ちが宿っていることです。 一瞬、私の記憶データベースを参照すると、レコードでしか知りませんが四世鶴澤清六に似ているという結論にいたります。60代、70代の清介が楽しみですし、将来の義太夫三味線を担う逸材であると思います。 |
CONTENTS
●はじめに 三味線音楽にはまった頃・・・ ●三味線の不思議「さわり」を考察する。 和声ではなく音色の複雑化を求めた ●昔の名人の本当の音を探りたい。 長唄の品格、洒脱、洗練 吉住小三郎 大薩摩の神髄 六世芳村伊十郎 近代義太夫の到達点 豊竹山城少掾 ●レコードで聴く七世芳村伊十郎の世界 伊四郎時代 伊十郎モノラル時代 伊十郎ステレオ時代 ●記憶に残る太棹の音色 竹澤弥七の透明感 鶴澤寛治の息の詰め 野沢喜左衛門の色彩感 鶴澤清介の颯爽 ●CrossTalk 波多野唯仁+町田秀夫 公開中! 長唄好きの2人が夜を徹して語り尽くす 以下、構想中です。 ●邦楽の発声法って本当にあるのか? ●勧進帳の不思議(楽曲の構造から) ●NHKの邦楽録音を考える。 ●半田健一氏の邦楽録音 ●伝統とは未来へ連なる「系」ではないのか? etc... |