●三味線の不思議「サワリ」を考察する。 どんな楽器でも、特にプリミティブな構造のものほど、ひとつの要素が響かせる音を大きく変化させます。三味線の構造は、皮を貼った胴体とそれを貫通する棹のふたつが主な構成要素です。張られた絃が通過(接触)する部分は、棹の延長上に取り付けられたシンプルな糸巻き、上駒(ギターでいうとナットですね)、駒(ブリッジ)、そして絃を留める根緒、これは絹糸を堅く編んだ組み紐状のもので、胴体を貫通する棹の末端に固定されています。振動循環系としては極めて明解な損失の少ない構造といえます。 |
使われているマテリアルの固有の響きのコントロールは重要で、花梨材の胴体は内部に杉綾と呼ばれる細かい溝を彫り、共鳴音の単純化を嫌っています。この響きの単純化というのは古今東西の楽器制作者にとって、もっとも避けるべきことのようでして・・・。付随して言うと、棹は「紅木」という極めて硬度の高いインドマドラス地方の灌木を用いるのですが、一本分を削りだしたあと、通常は3つに分割されます。この分割面は複雑な構造の「ほぞ」で繋いで、もう一度結合されます。ほぞの内面は金の薄板を介しています。なぜこんな面倒な仕掛けになっているのでしょう?バラバラにして小さな鞄で運べるメリットでしょうか。プロの演奏家はたいてい長いままケースに入れて運びます。私見ですが、硬度の高い、内部損失のすくないマテリアルの固有の共振を押さえながら、振動モードの分散化、複雑化を意図しているのだと考えます。 もうひとつ、そして最大の複雑化はなんといっても「サワリ」ではないでしょうか。「サワリ」は構造であり現象であるのですが、1の糸(最低音絃)のみ上駒を通さずに、意図的にビリつかせる仕組みです。 |
2の糸、3の糸は上駒に載っているので棹の突起部分Aには距離があるため絃の振幅の影響はない。 1の糸は突起部分Aに近接しているため、絃の振幅で容易に接触する。 たったこれだけの極めてシンプルな仕掛けでが、もたらす影響が計りしれないということを説明します。 1の糸が弾かれると突起部分Aに触れ、振幅が制限されます。もしこのとき突起部分Aの母体(棹)が柔らいものですと事態は全く異なるのですが、この母体は内部損失が少ないので、絃の振動だけを波形的に見ると、正弦波が矩形波になるのと近似しています(もちろん実際にはもっと複雑な現象が生じていますが)。通常の絃振動の基音+倍音の上に、高調波が乗った形になります。この高調波は可聴帯域をはるかに越える領域を含んでいて、楽音というよりノイズに近いものです。上駒に載っている他の絃を弾いた場合はどうでしょう。物理的に共振する波長であれば同様に1の糸は振動し、サワリの効果が現れます。実際に演奏してみると、共振する音高は想像以上に多く、効果の出ないポジションの方が少ないのです。先に述べたように、楽器自体の構造がシンプルで機械的損失が少ないということと関係しているのです。意図的にさわりを起こさないようにして演奏すると、これはもう・・・ワサビのない寿司どころではない、情けない音。 以上、簡単にサワリの原理と効果を述べたわけですが、似た効果を持った楽器の例はいたるところにあります。インドのサロッドでは、数多くの共鳴絃があらかじめチューニングしてあり(ドローン)、三味線のさわりと極めて似た効果をもたらしています。 実は高調波ノイズを含んだ音波は音自体を遠くへ飛ばす能力(浸透性)が高いことを経験的に感じていて、これも検証したいのですが、残念ながら材料不足、勉強不足でして・・・いづれまた。 CONTENTS
●はじめに 三味線音楽にはまった頃・・・ ●三味線の不思議「さわり」を考察する。 和声ではなく音色の複雑化を求めた ●昔の名人の本当の音を探りたい。 長唄の品格、洒脱、洗練 吉住小三郎 大薩摩の神髄 六世芳村伊十郎 近代義太夫の到達点 豊竹山城少掾 ●レコードで聴く七世芳村伊十郎の世界 伊四郎時代 伊十郎モノラル時代 伊十郎ステレオ時代 ●記憶に残る太棹の音色 竹澤弥七の透明感 鶴澤寛治の息の詰め 野沢喜左衛門の色彩感 鶴澤清介の颯爽 ●CrossTalk 波多野唯仁+町田秀夫 公開中! 長唄好きの2人が夜を徹して語り尽くす 以下、構想中です。 ●邦楽の発声法って本当にあるのか? ●勧進帳の不思議(楽曲の構造から) ●NHKの邦楽録音を考える。 ●半田健一氏の邦楽録音 ●伝統とは未来へ連なる「系」ではないのか? etc... |