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photo and Text: machinist

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EOS-1Ds MarkII EF70-300mmDO 2005/11/15



557 ちあきなおみ概論(改訂)
●身体から

先日オンエアされたNHK-BS2「歌伝説 ちあきなおみの世界」は、この女性歌手の底知れないポテンシャルをあらためて見せつけた。まるで追悼番組のようなつくりにちょっとばかり違和感を覚えなくはなかったが、再登場の可能性を限りなく否定しつづける彼女自身の存在が、この番組を作らせたという気がする。日頃、ぼくは音楽の抽象性などを公言しているわけで、歌唱における映像をそれほど重視できないでいるが、彼女のように(バルバラや越路吹雪もそうだったけれど)発声に伴う身体動作が表現として大きな意味を伴うパフォーマンスにおいては、この番組はかけがえのない価値を持つものだった。

実際、そのパフォーマンスは、友川かずきの「夜へ急ぐ人」幻の紅白バージョンにおける"火の中のドライアイス"的はじけ具合から、「霧笛」の終局、別れる恋人へグラスの毒を告白する"深く蒼い炎"に至るまで、自在というべきか表情のダイナミックレンジにはただただ驚くばかりだった。

●アウトフォーカス

水原弘が歌う「黄昏のビギン」はシンプルで分かりやすいのに、ちあきなおみが歌うとこの曲は微妙なシェードが掛かった複雑な歌に変貌する。ぼくの妻はこれをカラオケのレパートリーにしようと目論んで、3回くり返し聴いて断念した(笑)。なぜなら微妙な音程が頻出するからだ。五線譜には表せない音程を駆使する歌い手は少なからず存在するが、彼女は曲想、日本語のイントネーション、コード進行に即してピッチを揺らすことが出来る希有な存在だ。結果的にそうなっただけなのか、意図どおりに成し遂げるものなのか、ぼくには楽理的な分析はできないが・・・。そういえばビリー・ホリデイもバルバラも同様の技をもっていた。

船村徹が「彼女は譜面の裏を読める人・・・」というコメントを寄せていたが、これは単なる精神論じゃないと思う。たとえば義太夫には「風(ふう)」にみられる技巧の伝承がある。三味線音楽は純正調という平均率とは異なるスケールを持っていて、これはジャンルや流派によって微妙に異なるのだが、それでも音階の基準というものは厳然とある。それを意図的にずらす(移動させる)パターンが「風」の技術的背景だ。これは風景や色や人間をより豊かに描くための手段であったが、彼女の歌には同質の技がある。日本語のアクセントは相対的な音程変化であるイントネーションが関わっているから、意図的な音階で表現する日本語の歌というものは、さまざまな表現上の困難を内包している。この困難さを認識し立ち向かっていった数少ない歌い手の一人が、ちあきなおみだったように思う。

ブルージーなスローバラードで迫る「港が見える丘」は、春の夜の霧の揺らめきの背後に強靱なグルーヴさえ感じる。彼女のリズム感覚は揺らいでみえながら確固たるビートの上にあるという意味で、いにしえのBLUESシンガーのようでもあるし、三味線一挺で語る太夫のようでもある。備わるテンポ感はとても自在で、まるで水面に投げた石の波紋を楽しむかのような自由闊達さ。本当はオーケストラではなく、ソロ楽器の名手の伴奏で歌う彼女を聴きたかった。

●抑制

歌におけるドラマ性を語られることが多い彼女であるが、これは取りも直さず自己の客体化の賜であると思う。描くイメージと持てる表現力を冷徹に図り、実行する能力ともいえるだろう。生理を垂れ流す演技派○○たちの対極に位置するのだ。たぶん、並はずれた観察力と身体的訓練があったにちがいない。3分間のなかの編集作業を楽しみ、また歌謡界のなかの自身のポジションが見えていたのだろうか。だから、自分自身を心底晒すような行動はしなかったように思う。1989年にオンエアされたTBS「素晴らしき仲間2」では、レコーディングのときに周りを衝立で覆って、歌う姿を見せない独特の作法が紹介されていた。

ポルトガルのファドにインスパイアされて作られたアルバム「待夢」。前出の「霧笛」はその中の白眉ともいえる仕上がりだが、しかしファドのようには聴こえない。いつもの彼女の世界と変わることはなく、だから最良の結果を得たのかもしれないが・・・。ドラマの主人公の心情は十全に顕しても、彼女自身はいつも黒子に徹したように思える。この"二重構造化"は本音の叫びではないという意味で、表現者としてはある種、限界を示していたのかもしれない。ちあきなおみを語ると、絶賛しながらもついこの結論にいってしまうのは、ぼくがへそ曲がりで性悪だからか。ほんとうに申し訳ないけれど、そういう彼女を好きな自分というものも認めないわけにはいかない。

最後に、この日記の2004/04/14「039」で書いたことを再掲載します。
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●演じる歌

たとえば「矢切りの渡し」。永久の旅に漕ぎ出す男と女を、明確に唄い分ける。「クサイ」と言われればそうかもしれない。でもその作られた世界に聴き入ってしまう巧みさ。ほとんど浄瑠璃の世界だ。なおみさんは、いつも「その世界」の外側にいるんだね。どろどろの情念を唄っても、なにかクールな気配。男唄が上手いのはそのせい。テイチク時代の「男の郷愁」というアルバムはとくに好きだ。なかで「男の友情」と「居酒屋」は絶品ではないかなあ。
そして「朝日のあたる家」。戦後の焼け跡を舞台にした「ソング・デイズ」で唄ったし、去年リリースされたCD「ヴァーチャルコンサート」にも収録されている。極めつけはTBS-TVでオンエアーされた「すばらしき仲間2」でのスタジオライブ。これはもう壮絶としか言いようがない。仕草と歌唱が融合してパワーが8倍くらいになっている。まさに「演じる歌」の極北。
なかば引退してしまった、ちあきさんですが、もういちど生の声を聴きたい。演じない「素」の、なおみさんの内面の、こころの歌を・・・。
EOS-1Ds MarkII EF16-35mm 2005/11/12



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EOS-1Ds MarkII EF50mm F1.8 2005/11/09



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昨晩オンエアされたNHK-BS2「歌伝説 ちおきなおみの世界」。友川かずきの「夜へ急ぐ人」幻の紅白バージョンやピアノ伴奏の「朝日楼」、日本語のファド「霧笛」・・・書きたいことは山ほどある。でもシンプルに上手く言い表せない。いつか3000字くらいにまとめたいと思っているが・・・。
EOS-1Ds MarkII EF50mm F1.8 2005/11/07






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