1213 消えてゆくものの凄さ。歌舞伎座の音空間!
 雀右衛門の「二人椀久」を一幕見したのが最後で、あれ以来ということは、十数年ぶりの歌舞伎座ということか。
御名残三月大歌舞伎公演、第三部の演目は菅原伝授手習鑑から「道明寺」と舞踊劇「石橋」。 道明寺は長大な浄瑠璃の二段目で、ほぼ2時間におよぶ舞台なのだが、仁左衛門の『菅丞相』、玉三郎の『覚寿』の燻し銀のような演技に驚いた。
孝夫(現・仁左衛門)と玉三郎コンビが一世風靡したのはすでに40年も昔の出来事だが、新橋演舞場の若手歌舞伎公演の衝撃と、その後の時間経過(わたくしを含め)が、フラッシュバックのように脳裏をかすめた。玉三郎さんがわたくしと同じ年齢で、孝夫さんは5歳くらい上だったと思うが、物事を持続させ積み上げることの素晴らしさと、やや嫉妬に近い感情(笑)がこころに残った。
学生時代から歌舞伎を見ているが、じつは歌舞伎座はたまにしか行かなかった。それも三階席。一幕見というシステムをもっぱら利用していた。最大の理由はコストに決まっているが(笑)ロビーや一階席の着飾ったご婦人方の雰囲気に押されていたのは事実だ。ただ、ここの三階席は欠陥があって、「鏡獅子」のような欄間の下がり壁のあるセットでは奥が見えないのだね。長唄囃子連中のひな壇が半分隠れてしまう。
音は、新橋演舞場(旧小屋)の次に良かった。色つやには少々欠けるけど、自然で誇張が少ない感じ・・・
開設間もなかった国立劇場はよく行ったが、こちらは硬質で、ややクール。しかもフラッターエコーがある。三味線でそれは困りものだが、徐々に改良されて今に至っている。
ひさしぶりに歌舞伎座を訪れて、まず驚いたのは雰囲気が自然だったこと。たぶん、自分のほうの変化なのだろうが、空間自体が優しいオーラに包まれていて、くすんだ質感が心地よい。 ※関係者に聞くと、もう耐えられない劣化とのことだが、ピカピカの新品を好まないわたくしにはピッタリ(笑)
昨日は雨模様で、やや湿度が高かったが、響きは最上レベル! 黒御簾の三味線と太鼓の緩やかな下座に始まり、拍子木のシャープで軽いアタック。チョボ(義太夫)の太棹と語り。揚げ幕のチャリ(金属音)、役者の足取り・・・そして台詞。
すべての音響が融合して劇を構成するのだが、究極のアコースティックサウンドに感動した。この大空間で固有の癖を聴き取れないというのは、スゴイこと。
昔もこんなだったか思い起こすに、あきらかに別物に変化していると思う。ひとことで言うと、枯れて馴染んだ、ごく普通の音。しかしディテールを克明に表す能力は際だっている。 強いて例を挙げると、ダイヤトーン2S-305を最上のアンプでドライブした音にその片鱗がある。ただしケーブルは10年以上使った枯れたやつね(笑)
数年後の新しい歌舞伎座がどのような音を響かせるのか想像もつかないが、いま、ここに在る音は宝物と断定しても良いと思う。来月の公演後に即解体されてしまうが、この至上のサウンドをぜひ体験していただきたいと強くお勧めするものだ。 |