862 300,000アクセス直前記念 続・ちあきなおみ概論
 瞬間転位する視点・・・ちあきなおみにおける表現のパースペクティブ
「酒場川」は日本コロムビア時代のほとんど最後にリリースした曲で、B面にはあの「矢切りの渡し」が入っていた。当時、彼女は演歌を歌うことを嫌がったという逸話が残っているが、石本美由起によるこの詞は、もうドロドロの救いようのない世界だ。ちなみに作曲は船村徹である。
♪あなたの憎くさと いとしさが からだのなかを 流れます 子犬のように 捨てられた 女の恋の みじめさを 酒と泣きたい 酒場川
♪男のこころも 読めないで おぼれるだけの 恋でした 死ぬより辛い 裏切りを 怨んでみても 無駄なのね 涙こぼれる 酒場川
♪私と暮らした アパートで あなたは誰と いるのでしょう グラスの酒に 酔いしれて 心の傷を 洗いたい ネオン悲しい 酒場川
「矢切りの渡し」ほどコトバと地の対比は明確ではないが、それだけに連綿とした表現の遠近感をちあきの歌唱はあきらかにしている。すなわち、各番のアタマから4行目までが主人公の叙情(クドキ)であり、最後の5行目は状況を客体視した地の部分だ。この歌い方の対比が見事で、宮園節的閉塞表現が5行目で一気に状況俯瞰モードに転換する。さらに、番を追うごとに視点を遠方に移動させている。3番に至っては成層圏を遙かに越えて、銀河の辺境から市井の営みを見守る眼差しだ。
♪ネオン悲しい 酒場川・・・このあたり豊竹山城少掾の「合邦」の段切れ "広大無辺、継母の愛・・・" に並ぶものといったら言い過ぎか。ドロドロの救いようのない歌詞が緻密に設計されたフレームに収められることで、そして最後のワンフレーズをもって作品として見事に成立したと考えるわけだが・・・ |