895 マスクのはなし(改訂版)
 急に涼しくなったせいか風邪ひきが多くなって・・・ってそのマスクじゃぁなくて、まあ似たような効用なのだけど、画像処理のマスク版のはなし。それもグラデーションマスクだ。
昔のフィルム時代の製版現場では、赤いアセテートのマスキングシートを超人的な技巧で切り分ける職人さんがいた。製版フィルムに貼り付けてそれこそ髪の毛一本一本の切り抜きまでこなしてしまう。これは切り抜きの語源でもあるが、要は該当部分の露光を遮蔽するのが目的だ。
製版工程がデジタルになったのは、サウンド関係よりずっと早く1970年代後半には基本的なフローが電子化された。イスラエル製のレスポンスという機械(レイアウトスキャナーと呼ばれていた)は、当時3億円くらいしていて大手の印刷工場にしか置いてなかったけれど、これにより半透明のマスクという概念が生まれた。言いかえれば不透明から全透明までのグラデーションマスクである。先の"切り抜き"はハードエッジだからオン・オフの世界でしかないが、レイアウトスキャナーでは画像同士のフェイドイン・フェイドアウトが可能になったわけだ。
その効用をフル活用したのが、当時のオーディオテクニカの広告だった。担当デザイナーは現在も継続中の遠藤享さんで、大いに羨ましかったものだ。はなしは逸れるがオーディオテクニカの初代デザイナーはかの杉浦康平さんである。
その10年後にレイアウトスキャナーと同じ作業(あるいはそれ以上の)がパソコン上で出来るとは誰も予想しなかった。Adobe Photoshopの出現である。
Photoshop上のマスク版も先人の例にならって赤く表示されるところが面白い。このマスク版の境界をぼかしたうえで、さらに別のグラデーションマスクを適応してぼかし量をコントロールできる。例えば、あるオブジェを切り抜くとしてピントの来ているところはぼかしを少なく、アウトフォーカスの境界部分はぼかしを多くすることで自然な合成ができるというわけ。
この作例(といえるほどの出来映えではないが)では、3重のマスク処理を施している。元画像(下の左上)の輪郭をトレースしたマスク版に一定の幅のぼかしを入れる。さらに画面左のアウトフォース部分が背景とうまく馴染むように別のグラデーションマスクで左に向かってボケを強調する。さらにさらに、ピンの来ているスタイラス(針先)部分は輪郭をシャープに切り抜いた3番目のマスクをつくる。・・・と書くと複雑だが、ものの数分で完成。この総合マスク版(下の右上)を反転させて元画像を選択し、背景(左下)に重ねるだけだ。
デジタルがオンオフの世界というのは、じつは誤りだ(笑) デジタルだからこそ、連続世界を自在にコントロールできるというべきなのだ。(関連オーディオネタへつづく) |