910 幻聴改め物理現象日記
 SP盤専用に導入したDJ用のレコードプレイヤーが想像を超えて良かったので、LP盤再生にトライしてみた。水平を保った自家製の御影石+MDF積層板にセットされたPROJECT RPM-9を撤去して入れ替えてみた。カートリッジはDENONのローコストMCで、テクニカの18gヘッドシェルでゼロバランスが取れるのには驚いた。このダイレクトアウトをオーディオクラフトのフォノケーブルを介してテクニクスのアモルファスMCトランスに送り、以後はレギュラーの組み合わせだ。
定番のリファレンスソフトを何枚か掛け、スペック的な特性ではなんら問題はないと思った。5万円に満たないプレイヤーがこれだけ瑞々しい表現力を持っていることに、ちょっとばかり複雑な気持ちになったのは事実だ。
晩年のローズマリー・クルーニーの濃厚な色香とアンニュイな気配をきちんと描く。ケニー・バレルの「アウトオブ・ディス・ワールド」、いままで気がつかなかった演奏者のうなり声が新鮮だ。
・・・ただ、バルバラは鳴らなかった。
帯域バランスに問題はないし、ヘンなキャラクターがあるわけでもない。回転の安定度ではベルドライブより優れている面もある。しかし、表層のサウンド現象に留まっているというか、彼女の中心核までの距離を感じた。
こういう言い方をすると、おまえは魂(たましい)派なのかと揶揄されそうだが、そうではないのだ。オーディオは科学の産物であるし、すべての現象は数値化できるはずだ。脳内に蓄積されたなにがしかの事象が誘因されるにしても、それでも空気の粗密波という物理現象でしか伝える術はないわけで、無から有が生まれるなんてことは思わない。
という次第で、半日後にはもとのPROJECTに戻し、改めてバルバラの「Dis quand reviendras-tu?」を聴いた。この差を表現する適切な言葉が見つからない。
声の内に潜む彼女のこれまでの半生・・・ 表現者は人生というチューブの断面を見せているにすぎない。この断面の奥に拡がる彼女の履歴。これを感じられるかどうか。 声の外に感じる空間の気配・・・ サウンドステージのような空間リアリズムのことではない。音の輪郭と空間との滲みかた、あるいは音をもって空間を変質させる音楽の力を指す。これを感じられるかどうか。
これを世間では「幻聴」と呼ぶのか? いや、やはり物理現象だろう(笑) |